[音声ガイド制作者]
ルイーズフライヤー

[アクセスコンサルタント]
ゾーイパーティントン

内容の詰まった濃い二日間のワークショップを構成し、音声ガイドの世界に踏み込むための充実したイントロダクションを与えてくれた二人。ワークショップの中では音声ガイド制作者として普段の仕事の流れについて触れることができたが、イギリスにおいて音声ガイドはどのように広まっていき、ガイド制作者はどう育っていったのか。ワークショップの後に、少し踏み込んで話を聞いた。

ワークショップを終えて

インタビュアー 今回のワークショップはいかがでしたか?他の国々と比べて、日本の参加者の特徴はありましたか?

ルイーズ フライヤー まず感心したのは、参加者の多様なバックグラウンドです。さまざまな職業の方々にご参加頂きました。それぞれが創作における専門的な見解を持っていたことは、ワークショップを深める上でも大いに役立ちました。それぞれが異なる技術を持っていて、さらに貢献する姿勢を持ち合わせていて素晴らしかった。

ゾーイ パーティントン ルイーズとほぼ同意見ですが、ひとつ付け加えるとするならば、関心の高さです。異なる見解や知見を貪欲に吸収しようとする意識の高さを持っていたことが印象的でした。全員がその場で起きていることについて深く考察をしていて、さらにそれを積極的に共有していました。素晴らしい姿勢です。異なる領域からの参加者たちでしたが、その参加グループのバランスもちょうど良かったです。プロデューサー、ライター、創作経験豊かな全盲の方、ダンサーの方々も。理想的な美しいバランスの参加陣でした。また開始前からすでに非常に高い関心を寄せていたことが感じられました。そこは特にイギリスでワークショップを行う場合と違いましたね。イギリスでワークショップを行う場合は、所属する会社の判断で参加していることが多いんです。社内のチームの最低ひとりが、そのようなトレーニングを受けていることがイギリスでは必須だったりするので。そのように会社組織から送り込まれた参加者は、昨日今日と終えたばかりのワークショップの参加者とは、完全に異なります。

インタビュアー 例えば今日のワークショップでは、「どの部分を訳出して、どの部分を捨てるか、そこを譲歩しながら選ぶことが難しい」という質問が出ました。その際に、他の音声ガイド制作者ともコラボレーションする重要性について述べていらっしゃいましたね。

ルイーズ 他者と一緒に何かをつくることは、確かに難しいことです。言葉に落とし込む作業なので、誰かがひとつ言葉を選べば、他の人が別の意見を提案したりする。そのどちらか一方がより優れている、といった判断は本来なら避けたいところでしょう。ですが、誰かが言葉にしたものを、別の人が関わることでより良いものにすることができるなら、それはぜひ行うべきです。

日本の映画業界の音声ガイドでは、別々のライターとナレーターが共同で仕事を行っています。書く人は書くだけ、読む人は読むだけで、それぞれの領域内で仕事を行う形がほとんどです。

ルイーズ イギリスでも、テレビ業界などはそのような形をとっています。一方、演劇などのライブパフォーマンスの場合は、ほぼ必ず書いた人が自ら読み上げます。その方が効率的なので。タイミング、言葉運び、強調する部分など、読む前から把握できているので、はるかに質が高まります。

ルイーズ イギリスの古株の音声ガイド制作者たちは、アナウンサーやージャーナリストが多かったことも関係していると思います。テレビやラジオのパーソナリティーをしていた方が多いんです。彼らにとっては、他者とのコミュニケーションは日常的で自然なことでした。でも他の欧州の国々では、書く専門者がいたり、読む専門者がいたりします。音声部分は、書いた人ではなく音声のプロフェッショナルに依頼する、日本の映画界のやり方と同じですね。欧州内でもさまざまです。でも少なくともイギリスのライブパフォーマンスの現場では、書いた人が読み上げる形が取られています。

イギリスでは、現役で活躍する音声ガイド制作者は何名程いるのでしょうか?

ルイーズ テレビ業界とライブパフォーマンス現場と、両方の音声ガイド制作者を合わせるとすると、100名程度でしょうか。きちんと統計を取ったことがないので、あくまで個人的な推測ですが...。

ゾーイ 60人くらいでは?

ルイーズ どうでしょう、それくらいかな。わたしが働くVocalEyesという組織には20名所属しています。以前はフリーランスだったり他社に所属したりしていた方々です。他にも20名くらい在籍している会社があるので、そう考えると、イギリス国内で60~80名程度でしょうか。

ゾーイ それだけの人々を教育して訓練するのは、すごく時間が掛かるんです。

ルイーズ イギリスはインハウス教育が主流ですね。音声ガイド制作者を募集し採用して、自社で研修を受けさせて訓練を重ねる形です。でも入社前から学ぶ人も多いですね。例えば大学で学んでから会社に入って経験を重ねる人も多いです。または、劇場が音声ガイド制作者を雇って訓練し、その劇場専門で仕事をすることもあります。劇場が別会社を設立して、複数の劇場に音声ガイド制作者を派遣する場合も。さまざまなルートが存在しています。

インタビュアー 多岐に渡るルートがあるのですね。日本でも公的に障害のある方々の芸術への参加を支援する活動が進められていますが、パフォーミングアーツの音声ガイドにおいてはまだまだ策略的な計画は見られません。

ルイーズ イギリスも似たような状況でしたよ。法律に保護されて伸びていった背景もありましたが。イギリスの法人はアクセスフリーであることが義務付けられていて、テレビ局も放送する番組の中で一定の割合は音声ガイドをつけて提供することが義務付けられています。それらの状況が複合的に作用し、音声ガイドの業界は育成されていきました。
でも本当に、一歩ずつ、少しずつです。例えばある劇場では、全盲のお客さまがある公演に興味を持ったので音声ガイドを用意しなくてはいけなくなったが、別の劇場ではそのようなことがなく、その段階ではまだ音声ガイド対策は講じていなかった。あるいは、あるアクセス担当者が音声ガイド制作者を紹介したところ、その人がその劇場に移籍してしまったので、新しく音声ガイド制作者を探さなくてはいけなくなった。そのような感じです。少しずつ、現場レベルでの需要が増えていったのです。

インタビュアー 戦略的に業界自体を育成した形ではなかったのですね。

ゾーイ イギリスも少しずつ状況は変わっています。イギリスのアーツカウンシルは800以上ものダンスカンパニーや美術館などが加盟しているNationalPortfolioに助成をしていますが、助成事業者は作品をつくるだけでなく、アクセスフリーな環境も用意しなくてはいけなくなりました。これまでもその義務はあったのですが、誰もそこに気づいていなかったのでチェックを回避できていたんですね。それが今は必ずそこもチェックされます。大きな変化の兆候を感じています。

インタビュアー ゾーイは今回4度目の来日だそうですが、その間日本で多くの障害者に関するセミナーを実施されてきましたね。セミナーに参加する大勢の日本人をご覧になられていると思いますが、この4年間の間に、日本の状況は変化していますか?

ゾーイ 変化を感じますね。障害者の存在や、共存可能な社会に向けて必要なことについて、その背景にある根本的な考え方などへの理解が深まっています。理解が深まると、謙虚な自信が芽生えます。その謙虚な自信を胸に、所属する組織や自分自身に対する疑問を直視しながら、その問いを解決するようなプロセスを経てきた印象を受けています。他者との協働も以前より進んでいると思います。

情報保障を超えた音声ガイドのあり方

インタビュアー 日本のテレビや映画には音声ガイドがありますが、あくまで情報保障としてであり、クリエイティブな可能性にはまだ着目されていません。イギリスではパフォーマンスに組み込まれたクリエイティブな音声ガイドの例があると思いますが、それについてお教えいただけますか?

ルイーズ ひとつ視点の異なる例を話しますと、一般的な音声ガイドの他に、「インテグレイテッド・ディスクリプション(integrateddescription)」と呼ばれる総合的なガイドが存在します。視覚要素が固まる前に、言葉に置き換えてみるやり方です。つまり、総合ガイド制作者は、ステージ演出を担うことにもなります。これが結構はまることもあれば、視覚要素をなかなかうまく包含できないこともあって、その時は少し残念なのですが。
またイギリスの劇団のグレイアイ・シアター・カンパニーと一緒に、「WheelchairRulers」という、車椅子のダンスグループの音声ガイドを担当したことがあります。車椅子でラインダンスを行う活動をしているグループで、ラインダンスは「コーラー」と呼ばれる人が動きの指示を出すのですが、音声ガイド制作者がこのコーラーを行うのです。コーラー兼音声ガイド制作者が動きの指示を出すと同時に、次にどのような動きがなされるかをガイドする、というわけです。これもまた総合ガイドの一例です。

インタビュアー 面白いですね。それはうまく機能するのですか?

ルイーズ はい、見事に。コーラー兼音声ガイド制作者もカウボーイ風のキャラクターの衣装に着替えます。その場にいる全員が彼の指示出しに耳を傾けていて、耳にすると同時に、見える人は目でも見て、全盲の方も何が行われているかを理解できます。

ゾーイ そのようにさまざまな形で、音声ガイドを取り入れているアーティストは結構います。全体的な潮流として、バリアフリーが行き届きオープンな活動であることに意識を向けている人が増えている印象です。日々、新たなアイデアや技術も更新されていますし。この分野は、未開拓な部分は大きいですが、日々成長を続けている分野であることは間違いないですね。

ルイーズ バリアフリーの環境を整える動きは、時代に促進されていますね。その一方で、クオリティーに関するリサーチや議論がほとんどなされていないことに懸念も感じます。
音声ガイドは黒子的なものなので、そのクオリティーを評しづらい側面がありますが、クオリティーについての意識や動きがもっと上がれば、必ずさらなる質の向上に繋がるので、とても大切なことです。そのような動きがないわけではありませんが、まだまだ足りません。

インタビュアー その場合、評価基準はどこにあるのでしょうか?

ルイーズ 基本的なことで良いはずです。何よりもまず、鑑賞者が作品を楽しめているか。参加意識を持てているか。鑑賞という「体験」を得られているか。再度体験したいと思えるような体験であるか。劇場や美術館にもう一度足を運びたい!と心に響くような体験をつくり出せているか。能動的に、インスタレーションを再度体験したいと思わせられているか。
あるいは、音声ガイドを他のものと掛け合わせるのも良いと思います。例えば、鑑賞ツアーだったり、配布資料だったり。音声ガイド単体で語り尽くせるものでもないと思うのです。
全盲の方々ご自身も、個々に状況や感じ方は異なります。鑑賞者の求めるものも個々に異なるでしょうし、見える方々にしても、各自見え方は異なります。同じ音声であっても、そこから得られる情報は人によって違うものです。先天的に視覚のない方であれば、言葉よりも「音」の方がより的確に舞台上で行われている状況が伝わりやすいかも知れないですし、逆に、後天的に視覚を失った方であれば、音より「言葉」を駆使して伝えた方が的確かも知れない。このように、加味しなくてはいけない要素がたくさんあるのです。
それらすべてを観察して、統計化して、分析したいものですけどね。そのように向上させていきたい気持ちが強いです。

優れた音声ガイドをつくるには

インタビュアー それが実現したら本当に素晴らしいですね。最後の質問なのですが、ワークショップ参加者に向けて、音声ガイドの技術を向上させるためのアドバイスはありますか?

ルイーズ まずは何より、既存の音声ガイドをたくさん聞くことですね。できれば少人数のグループで。そして聞き終わってから、その音声ガイドが良かったかどうか、良かった場合には何がどのように良かったのか、話し合うことができればなお良いでしょう。そうすることで、学ぶべきものを学べますし、吸収すべきでないものはやり過ごすことができます。

インタビュアー その場合、良し悪しは誰がどのように判断すれば良いのでしょうか?

ルイーズ その少人数グループは、共通の目標理解を持っていることが大事です。加えて、ビジュアルアーツに対する能動的な姿勢が前提としてあること。そうすれば、あるひとつの見解に対し、一つひとつそれが自分に当てはまるかどうか意見を出すことができるでしょう。聞きながら、場面展開についていけなかったり、理解できなくなってしまった時に、立ち止まってその部分から修正を加えてブラッシュアップしていくことができます。あるいは、優れた音声ガイドがどのようなものであるかを学ぶことができます。

ゾーイ わたしは、音声ガイド制作者とは旅に出るようなものだと捉えています。技術を習得し、描写すべきもの/すべきでないものを見極めに行く旅に。その一方で忘れてはならないのは、全盲の方々も旅に出ているのだということ。全盲の人の中にも、音声ガイドを体験したことがない方はいらっしゃいますし、その手前に「劇場に足を運ぶ」という冒険もあります。それを経て、人々が視覚から得ている情報を「音声から変換して想像する」という新たな冒険に出ているわけです。評価を行う場合は、その両面が事実として在ることを認識している必要があります。音声からの変換にすんなりと順応できる人もいれば、それを骨が折れると感じる人もいるでしょうし、その処理した情報に自分が納得するまで時間が必要な人もいるかもしれません。

インタビュアー 音声解説者としての個人的経験についても伺いたいのですが、音声ガイドに携わるキャリアのなかで、もっとも印象的なご経験について教えていただけますか?

ルイーズ いささか地味なエピソードかもしれませんが、最も嬉しかったのは、ある劇の音声ガイドを行ったあと、ある全盲の方が話しかけてきてくれた時でした。彼はその劇がいかに面白かったかについて、わたしに熱く語ってくれたんです。わたしの音声ガイドがどうだったかなんて一言も触れずに。とにかくその劇について興奮していて、熱く語り合いを求めてくれた。音声ガイドについてのコメントがあるときは、その分だけ劇に没入できなかったことも意味します。そのときはそこを越えて劇の世界を伝えられたので、とても嬉しかったですね。
仕事をしていると、時々こういうことに遭遇します。すべてがつながる瞬間というか。わたしの音声ガイドではなく、舞台そのものに感動いただけた時が、わたしにとって最も嬉しい瞬間です。

インタビュアー 優れた音声ガイド制作者とはどのような人でしょうか?

ルイーズ まずひとつに、語彙力が必要です。言葉についての関心が高く、また目の見えない人に対して物事を説明することについて、意欲的でなければいけません。あと、勇気のある人ですね。挑戦する心を持っているかどうか。失敗することを恐れ過ぎることなく、再度チャレンジする心を持てる人。また他者とコラボレーションする意欲があることも重要です。たくさんの素養が必要ですね。

ゾーイ コミュニケーションをとりたいという高い意欲が必要だと思います。また、目に見える「視覚世界」を「言葉の世界」に置き換えることの面白さに踏み込んでいける人。視覚障害者の方々に、心から楽しんでもらいたいと思える人。世界を繋げることで、新たな輝きを与えたいと思っている人。
ワークショップに参加されていた全盲の金子さんのコメントがとても印象的でしたね。「音声ガイドは、僕を躍らせるんだ」と。あの一言は、すべてを物語っていると思います。目が見えない人を躍らせることができたら、それほど素晴らしいことはない。あの金子さんの言葉は響きました。